夜討ち朝駆け
記者といったら「夜討ち朝駆け」。取材対象の家に夜にお邪魔して取材したり、朝の出勤に付き添って話を聞き出したりすることを指します。
新聞記者なら基本的に誰もが通る道です。新人記者が社会部などに配属されたら、夜討ち朝駆けで取材の基本を学ぶことになるでしょう。
この記事では
- 夜討ち朝駆けの意味
- 夜討ち朝駆けの下準備
- 体験談(成功、失敗両パターン)
- 最近の傾向
について紹介していきます。身も蓋もないことを言うと非効率極まりないのが夜討ち朝駆けです。しかし得られるメリットは確実にあります。
仕事をするのに優先順位をつけるのは欠かせませんが、効率性だけ追い求めるとおそらく残念な記者にしかなれません。
なんのための夜討ち朝駆け?
午前5時半に起きて6時半に取材先の家につき、相手の出勤を待つ。午後9時に相手の家に行き、晩酌につきあいながら話を聞く。
昔はこんな夜討ち朝駆けが当たり前でした。なんのためにこんなことをするかというと、家の中で話したり、2人だけになったりすると口が軽くなる人がいるからです。
私の印象では
- 他人の目があって職場では本音を話せない
- 自宅は安心感があるので普段よりもサービスしてくれる
- 夜討ち朝駆けという過酷業務に従事する記者に同情してくれる
の3つの理由から記者に情報を提供してくれる人が多かったです。
職場で本音は話せない
これは想像しやすいかと思います。職場で思ったことをすべて話せるでしょうか? 難しいですよね。例えば警察組織を例に考えてみましょう。
警察署というのは基本的に副署長が報道対応を担います。つまり、管内で発生した事件事故の情報をどこまで出すかは副署長の責任なのです。
副署長としては記者に情報を教えすぎて捜査に支障が出ることは避けたい。そこで過剰に情報を制限することもあるのです。
そしてそんな時は記者と副署長のバトルが勃発しがちです。
なんでそんな情報が非公表なんですか!
捜査中だから不確定なことは言えないんだ!
こんな感じのバトルです。
しかしあまりに「捜査中」では記事が書けません。そこで記者は次の手を打ちます。
事件事故を直接扱っている刑事課や交通課に話を聞くのです。ただ、署にもよりますが、本来各課の課長に直接取材はできません。
そこで夜討ち朝駆けを決行するのです。
刑事課長、あの事件の件ですが、なぜ容疑者の認否が非公表なんですか!?
俺もそこまで隠す必要はないと思ってた。別に共犯者がいるわけじゃないしな。副署長は刑事畑じゃないから勘所が分からないんじゃないか(笑) 容疑者は犯行を認めてるよ
夜討ち朝駆けが実を結ぶとこんな会話が交わされます。
どうでしょうか?このような会話を警察署の中でできますか?
これはつまり現場の判断と管理職の判断は往々にして異なることを意味しています。本当は言えるのに上司から謎のストップがかかる。警察に限らず組織ではよくあることです。
このような障壁を乗り越える手段の一つが夜討ち朝駆けであるわけです。
自宅ゆえの安心感
次は「自分の家だから気が緩む」パターンです。風呂上がりに一杯やっている時間を見計らってピンポンしたりします。
家に上げてくれる時点で信頼関係は築いているのですが、肝心な部分で口が堅い、もう一声ほしいという取材対象者に有効です。
取材対象者の自宅には記者にとって大きな味方、「奥さん」がいます(当然いない人もいます)。奥さんの力添えは大きいです。
「それ、いつも私に話してるじゃない」「悪用しようがない情報なんでしょ?」。奥さんのこんな一声に押されて取材対象者が口を割ったことが何度かありました。
完全に主観ですが、それなりのポストに就く取材対象者の妻は、器の大きい人が多い印象です。面倒見が良いというか気前が良いというか…若造の発言もしっかり聞いてくれました。
私が現場記者だった時代はどんな組織も女性管理職は皆無でした。それゆえ必然、取材対象者は全員男性だったのです。今とは隔世の感があります
泣き落としパターン
最後は何度も通うことによって「お前も大変だな」と思ってもらい、ネタをもらうパターンです。一番泥臭く、しかもなんかかっこ悪い…
でもいいのです。ネタを取ることが記者の仕事なのですから。結果にフォーカスしましょう。
こんな逸話があります。
ある全国的な大事件が起きたとき、スクープ合戦に負けまいとある記者が検事の自宅前で張り込みを始めました。
しかし夜11時になっても12時になっても検事は帰ってこない。ついには午前2時を回って雨まで降りだしました。
そして明け方になってようやく検事が帰宅。一晩中仕事をしていたのでしょう。疲れた表情とくたびれた背広からそんな印象を抱いたといいます。
「なんだ君は一晩中立っていたのか。ずぶ濡れじゃないか。僕にできることは少ないが、ちょっと待っていなさい」
そう言って検事は自宅に入って行きました。
しばらくして出てきた検事は着替えをすませ、また職場に向かうようです。その時、記者に紙袋を黙って差し出し、タクシーに乗り込んだといいます。
紙袋の中には記者用の替えの靴下とワイシャツ、事件の見立てを簡単に書いたメモが入っていました
以上は先輩から聞いた話です。
完全な粘り勝ちです。なんのテクニックも必要ありません。根性があれば誰でもできます。極端な話、報道の世界にルールはありません。相手にやめろと言われたらごめんなさいでやめればいいだけです。
自分なりの取材方法を模索してみてください。
夜討ち朝駆けの下準備
夜討ち朝駆けを成功させるには
- 相手の住所(通勤経路)を知っておく
- 職場以外で会える関係性を築いておく
の2点が必要です。特に②ができていない相手に対して夜討ち朝駆けはかなり危険です。相手を驚かせ、警戒させてしまいます。最悪の場合は警察を呼ばれます。
礼儀とルールあっての夜討ち朝駆け取材です。実行する場合は相手を見極めてください。
相手はどこに住んでいるのか
大多数のマスコミには「ヤサ帳」と呼ばれる警察や政治家のキーマンの自宅住所が記された資料が代々引き継がれているはずです。
それを基に自宅にお邪魔するわけですが、ヤサ帳が更新されていない場合もあるでしょう。そんな時は自分で尾行しなければなりません。
まずはどんな手段で何時に出社するのかを確認しましょう。それが分かれば最寄り駅で待つ、帰宅に付き添って話を聞くなど行動の選択肢が広がります。
仕事以外の関係構築を
この仕事をしているとよく「人間関係を築け」と言われますが、これは平たく言うと「自分から積極的に話しかけろ」ということです。
自分の情報を積極的に開示したり、質問して相手に関心があることを伝えたりするのが有効です。仕事の話だけでなく、趣味や休日の過ごし方、おすすめの居酒屋などざっくばらんに話して距離を縮めてみてください。
取材がひと段落したあとや、電話での5分、10分程度の会話などが有効です。仲良くなってきたら仕事後に飲み会などに誘いましょう。
なんどか繰り返したら夜討ち朝駆けの下準備はできていると判断してよいでしょう。
実際の体験談
ここでは私の夜討ち朝駆け体験の中で印象に残った成功パターン、失敗パターンを紹介します。
成功例
夜分遅くにすみません。署長はいらっしゃいますか?
匿名記者さんね、いつもどうも。主人は今お風呂に入ってるの。すぐ出ると思うからとりあえず上がって?
あれ?いつもはもっと入浴時間早いですよね?もう一杯やってる時間だと思いました。お忙しかったですか?
うん、私も詳しい話は分からないんだけどね。大きいヤマが動くぞーってなんか張り切っててね。最近帰宅が遅いのよ。
当時私が担当していた警察署管内では数億円規模の詐欺事件が起きていました。怪しい人物の噂話は出ており、いずれ逮捕されると目されていましたが、一向に事態が動かず警戒感も薄れていたタイミングでした。
おう匿名記者、久しぶりだな。管内は平穏だぞ
お邪魔しています。今は平穏でも最近お忙しいとうかがいましたよ。何か大きな事件とかありましたっけ?
お前ものんびりしてるな。管内では珍しいこと前あったろ。そろそろ気を付けといたほうがいいぞ。「騙し」とかな
最初はピンときませんでしたが会社に帰って過去の警察発表を見返すと「騙し」に相当する事件が数件、そのうち珍しい規模の未解決事件が1件ありました。
それに当てを付け、ほかの捜査関係者へしつこく取材したところ「きょう逮捕」系の抜きダネにつなげることができました。
勝因は奥さんの何気ない一言に反応できたことや、署長の生活リズムを把握していたことなどです。
失敗例
次は失敗例です。このときはそもそも家に上げてもらえず、インターホン越しの会話でした。
夜分に失礼します。一課長はご在宅ですか?匿名記者と申します
おりますが。。。少々お待ちください
この時点ですでに微妙な雰囲気でした。奥さんとは何度か話したことがあったのですが、あまり社交的なタイプではなく、心証は良くなかったのだと思います。
休みの日だよ!?なんだよー?特に話すことなんてないんだからさ!今日は駄目だよ駄目
インターホン越しに拒否された挙句、次の日に署の副署長を通してお叱りを受けました。曰く「親の介護もあるのに、休みの日まで来てほしくない」とのこと。
今までもお邪魔したことはあったのですが、何か癪に障ったのかもしれません。出禁のような形になったのでもう二度と行くことはありませんでした。
このように夜討ち朝駆けは人を選びます。嫌な人はとことん嫌です。その理由も最もですよね。拒否されたら深追いしないのが基本です。
経験則ですが、自分の社会的な地位を自覚していない人に夜討ち朝駆けはすべきではありません。お互いに時間と労力の無駄になってしまいます。
最近の夜討ち朝駆けの傾向
最近はマスコミ業界でも働き方改革の機運が高まり、夜討ち朝駆けが以前ほど行われなくなってきています。
加えて警察側にも、どの社にも一律の広報対応しかしないような警察官が増えてきた印象です。記者と飲み会に行ってざっくばらんに話す人もいますが、以前よりは明らかに減りました。
若干の理不尽さと非効率さを併せ持つ夜討ち朝駆けは、記者にとってのある意味で通過儀礼でした。いつ、どこで、何が起こるか分からない。見知らぬ人とも積極的に話さなければならない。そんな避けようもない記者職の要諦を、夜討ち朝駆けを通じて学んだ気もします。
最近は定時で帰る記者、業務が終わったらサツ回りをせず直帰する記者の方が圧倒的に多いです。その代わり彼ら、彼女らはプライベートが充実していて、その充実具合が原稿に成果として表れている人もいます。
いずれにしろこれからは記者の個性が試される時代です。あなたでなければできない取材をし、記事を書くために必要なことに取り組んでいきましょう。
まとめ
以上、夜討ち朝駆けの意味や狙い、有効性などについて書いてきました。大変ですが記者っぽい仕事の代名詞でもあります。
地方ではやっている記者も少なくなってきましたが、首都圏や大阪、名古屋などではまだまだ各社の壮絶な夜討ち朝駆けが行われているはずです。
人脈を作り、維持するために記者は何をすべきなのか。夜討ち朝駆けはオンリーワンを目指すための取材手法の一つとして覚えておいて損はありません。
最近はそれほど徹底されていませんが、一昔前は必ずやるものでした。ネタが取れなくても取材対象者とのコミュニケーション力は確実に上がります